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連載コラム 多面鏡:1999年7月(2)[1999年7月18日執筆]
「France News Digest」(France News Digest/発行)
江下雅之

利き頬

 行動学の研究によれば、挨拶の原理は「敵意がないのを示すこと」だという。軍隊であれば「捧げ筒」がそうだし、個人間であれば、後頭部の急所を相手にさらすこと(お辞儀)や双方で利き腕を取り合うこと(握手)が、具体的な意思表示として行われる。相撲の土俵入りで掌を上から下に反転させるのも、武器を持っていないことを示す意味があるといわれる。日常的な挨拶の場面で具体的にどの行為を取るかには、文化圏による傾向の違いが見て取れる。一般にラテン民族は、日本人に比べて個人が取る間合いが狭い。日本では会釈や軽く手を振る行為が一般的な挨拶だが、これは握手や抱擁よりも間合いが広い。逆に言えば、個人間の間合いが狭い文化圏では、身体の一部を接触させる挨拶が浸透している。フランスなら男どうしは握手、男女間あるいは女どうしならアンブラセ(抱擁)だ。フランス人以上に間合いが狭いアラブ人の間では、男どうしでも抱擁が行われている。
 おなじ抱擁でも、頬を接する回数や時間は文化圏によっても個人によっても微妙に異なる。フランスの場合、パリでは左右に一回ずつ、合計二回というのが最もよく見かけるパターンだ。アンブラセに関するコミュニケーション研究によれば、頬どうしの最初のタッチで「Bonjour,(名前)」、次のタッチで「Ca va bien.」と挨拶するリズムなのだそうだ。これが地方になると、さらに左右にもう一回ずつ、合計四回というパターンが一般的だ。パリのような都会では、挨拶一つにしても、随分とせわしないということだ。アンブラセはおおむね右頬から開始することが多いようだが、こちらは文化的背景によるものではなく、個人の「癖」に属することだ。実際のところ、「利き腕」ならぬ「利き頬」のようなものあるようで、左から始める人が皆無ではない。「利き頬」が一致しないときは、積極的な方が主導権を握る。アンブラセのような日常的行為のなかにも、都会と地方との生活リズムの違いや個人の癖がずいぶん絡み合っているのである。


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