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行動と思考のモデル化を考える(4)
「国会月報」1993年8月号(新日本法規出版)掲載
江下雅之

技術と業務の標準化 —女性進出が示すシステム化の一側面—

管理職の必要条件

 女性の社会進出の背景や要因については、様々な社会科学的分析がなされている。ここでは技術の浸透や企業内の業務標準化の指標という視点から、女性の社会進出(厳密には職場進出)を捉えてみたい。実際、女性の進出状況がこれらの状況を的確に示しているからである。

 女性には出産という固有のライフサイクルがある。これがつまるところ男性との唯一の相違点といえよう。労働経済学の分析によれば、この点がキャリアパスを必要とする部門においてマイナス要因として作用すると見做されている。

 職種別にこの問題を見てみよう。
 日本の典型的企業モデルに従えば、管理職の条件として企業特殊なキャリアパスが要求される。「企業特殊」と敢えて称したのは、最近の転職の増加によって多少状況が変化しつつあるとはいえ、同一企業内での継続的キャリアが重視されるという意味である。この点、日本の企業モデルでは、キャリアの内容について個々の企業風土がかなり反映されていると考えられる。そして同時にこれが女性の管理職実現を困難にしている一要因であるとの指摘がある。

 他方、事務職のキャリアパスを見ると、企業特殊な要因が管理職に比べかなり少ないことが認められる。例えば簿記などは同一企業内でなくてもキャリアを積むことができるうえ、専門学校など企業外でも獲得可能である。労働の機械化が進んだ部門では、必要なキャリアを比較的短期間で積むことが可能な場合もある。生産ラインの一部やスーパーの会計係等がそれに該当すると考えられるが、このような部門でも相対的に女性の進出は容易である。

 世界的に見ると、女性の社会進出が最も進んでいる国は北欧諸国と一部の社会主義国家である。ただし、これらの国では公共部門が女性労働力を吸収しており、ここで展開している問題意識とは別な捉え方が必要である。他方、アメリカやフランスなど、民間企業での女性進出が珍しくない国においては、キャリア獲得のシステムに一つの特徴を見いだせる。さらにその背景として、業務の標準化や技術の影響を見いだすことができる。

技術革新と業務の標準化

 先に女性進出が進んだ職種として事務職の例を挙げた。ところが、この職種もタイプライタ普及以前は「男の職種」であったと言われている。実際アメリカ企業において、今世紀初頭まで文書作成業務は企業特殊であり、同一企業内でのキャリアパスが必要であった。しかし、タイプライタ普及により文書作成業務が標準化され、この業務を学校で習うことが可能になった。結果、この職種への女性進出が促されたのだという。これは技術の導入に伴って業務の標準化が進み、結果的に女性の進出が可能になったというパターンを典型的に示した例として知られている。

 世代毎の年令別就業率を示す曲線も、女性進出のパターンを示している。一般に先進工業国ではM字型曲線を描き、第一子出産直前の30歳頃と育児が一段落する40代半ば頃に就業率のピークが現われる。後者はパートタイム労働に従事する例が多く、主として機械化の進んだ部門が労働力を吸収している。

 欧米企業の場合、ビジネススクールが管理職のためのキャリアパス獲得の機会を提供している。同一企業内での経験以上に管理職として必要な技術を得ていることが重視され、出産・育児によって同一企業内でのキャリアが中断されても、他の方法によってそれを補うことが可能なのである。これは逆に見れば、欧米企業では管理職に要求される業務なり技能がある程度標準化され、基礎となる技能だけに限れば企業特殊な色彩が薄いと見做すことができる。

 この意味から、日本企業の行動モデルなり業務システムの仕組みを占ううえで、女性管理職のシェア推移が注目される。以下では女性の進出イコール管理職への進出と考えて頂きたい。

情報技術の影響

 70年代、80年代を通じ、情報化によって製造部門の生産性は著しく向上した。反面、いわゆるホワイトカラーの生産性がどの程度向上したかについては懐疑的な見解が多い。尤も、一般にOA化と呼ばれていたのは大量定型処理業務の電算化であり、生産性向上の困難な非定型的処理業務の情報化が進み始めたのは、80年代後半に入ってからと見られる。その意味で、まだ成果を挙げる段階ではなく、むしろこれからの動向が問題といえよう。

 情報技術の浸透と女性進出のテーマを関連づけると、恐らく「在宅勤務」という考えが浮かぶであろう。確かに情報技術によって職場環境や就業形態の変化がもたらされ、女性の働き易い環境も生まれよう。フレックスタイム制の実現なども、情報システムの発展によって可能になった側面もある。しかし、女性の働きやすい環境は大抵の場合男でも同じ筈である。ここではむしろ、情報システムの発達が否応なく業務の標準化を進め、それによって女性の管理職進出が促される可能性があるという側面に注目したい。

 コンピュータは事務分野において給与計算から利用される始めた。意志決定や交渉、レポート作成など、その場その場での対応が必要な業務に関しコンピュータが利用されるようになったのは、比較的最近のことである。パソコンが普及して様々な業務アプリケーションが登場し、非定型業務を支援できるようになったのである。

 この間の過程はコンピュータ側の多様化という、システム側からの歩み寄りで進められた。ところが、今日のようにコンピュータがあらゆる業務の前提になると、システムの利用効率を極大化するため業務の標準化が進められようとしている。多様な処理が実現できるようになったとはいえ、業務自体が標準化されていた方が情報システムとしての処理効率が高いことは自明だからである。

 さて、日本ももはや企業においてパソコン一人一台の時代となり、あらゆる業務でコンピュータの利用が当然の前提となりつつある。一方で、経済の安定成長は、必然的に意志決定をリスク回避指向に向かわせ、経営を科学的に捉えることが重視されよう。国際競争力への影響は未知であるが、このことは業務の様々な局面における標準化を進めるものと予想される。標準化は時短の要請にも適う。結果として女性管理職増加にプラスとなる環境が生じうるものと予想される。

 女性の職場進出ではとかくモラル面が注目されがちであるが、業務システムの標準化の指標として捉えられることに注目したい。


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