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ネットワークの《物語》を読む(2)
「月刊ネットピア」(学習研究社/発行)1995年4月号掲載
江下雅之

小説よりも奇なり

 NIFTY-Serve の《文章工房フォーラム(FBKOBO)》——本と雑誌フォーラム・グループのひとつ——は、94年の12月にオープンしたばかりだ。もともとは小説家・水城雄さんの文章道場である《小説工房》を母体としたものであるが、プロ・ライターやプロ作家の個室がいくつも設けられている。
 会議室の行司役・司会役としてボード・リーダーを設けるフォーラムはおおい。ただし、誰かが具体的な企画を持って会議室の運営をおこなうというよりも、ベテランがコメントなどの世話役として引き受ける例がおおいように思われる。
 その点、文章工房フォーラムの「個室」は、はじめからプロの物書きが自分の書きたいこと、伝えたいことを運営の核にすえている。どちらかというと、ラジオやテレビの視聴者参加番組的な枠組みに近いかもしれない。 「個室」のひとつ、『谷甲州の「小説よりも奇でっせ」会議室』が今回ご紹介しようとするものだ。
 タイトルにあるとおり、小説家・谷甲州さんが「親方」をつとめている。当初は冒険をあつかったノンフィクション小説の紹介をしたり、感想を披露しあおう、ということではじまった。しかし、メッセージの流れはちょっとした脱線からまったく別の雑談に展開し、ネットワークならではのふくらみかたを見せている。
 たとえば「冒険といえば空」ということで、『空の先駆者』(ハンス・ベルトラム著)、『ザ・ライト・スタッフ』(トム・ウルフ著)などの紹介がおこなわれた。パイロットと宇宙飛行士の対比から飯沼飛行士の話題に飛んだ。これがなぜか連合赤軍浅間山荘事件の話題に展開する。まるで「風が吹けば……」であるが、筋としては「宇宙飛行士」→「アポロ宇宙船」→「テレビに映った歴史的な出来事」→「浅間山荘事件」という流れだ。
 その一方で、「良質なノンフィクションとは」→「ハウツーものが好き」→「スパイになるハウツーもの」という展開を経て、スパイもので盛り上がったりもした。ノンフィクション小説の紹介というきっかけから、こういう雑談が三つも四つも派生するのだ。
 この会議室でいちばんおもしろいのは、紹介した本の関係者がみずから舞台裏を披露してくれることがある点だ。
 もともと《本と雑誌フォーラム》は、出版関係者が多数入会しているのが特徴である。小説家、実用書ライター、翻訳者、編集者、漫画家などが、かなりの密度で集まっている。紹介した本の著者や翻訳者が登場しても、それほど不思議ではないのだ。
 たとえば空の冒険の話題から、チャールズ.A.リンドバーグの本の紹介が出てきた。さっそく『誰がリンドバーグの息子を殺したか』(ルドヴィック・ケネディ著)を翻訳した野中邦子さんご本人がコメントをつけた。リンドバーグの記録『WE』との比較、夫人の影響など、資料として調べたさまざまな内容を知らせてくれた。
 また、『馬なし馬車による走行会』の紹介がでるや、著者の高斎正さんが登場された。SF小説界の大先輩の登場に、会議室リーダーの谷甲州さんがあわてる場面もあった。
 発言数そのものは決しておおくないものの、ログを読むだけでたのしむことができる典型的な会議室だ。データライブラリに公開されている編集ログのファンもおおいらしい。もちろん、ちょっとした発言が四方に広がる魅力もある。
 谷甲州さんの『すでに読んだ本を「面白かったなあ」といいあうのも楽しいのですが、知らない本を教えてもらうのもまた楽しい。あたらしい世界が開けるような思いがします』(『谷甲州の「小説よりも奇でっせ」会議室』での発言より)という感想は、会議室をながめていたほぼ全員が感じたことでもあろう。95年2月末現在で四百発言ほどであるが、この間に紹介された本は70冊以上におよぶ。冒険をあつかったものだけでなく、歴史もの、科学もの、はたまた風俗ものまで、十以上の分野におよんでいる。
 この間に派生した話題をざっとまとめると、ひねくれた本の読み方、旅行のときの汚い格好、ヒッチハイク、テーブルマナー、野グソ、第二次大戦中の潜水艦、ファミリー登山、雑煮、車の横転事故、マクドナルドのハンバーガー、消えたカンボジア国際航空、ダッチワイフ、火星移住計画、死刑などである。どの本の紹介からどういう雑談が派生したのか——タイトルを追いかけるだけでも、話題の不思議な移行具合が楽しめる。
 発言者のあいだには、まるで気のあった仲間と喫茶店でお喋りをたのしむような雰囲気もある。「コメントのためのコメント」がほとんどないため、ROMにとっても「座談会」を見ているような気持ちになれるだろう。
 冒険ノンフィクション小説の紹介からはじまった会議室は、日常の冒険の紹介も含めるようになった。車の横転や野グソなどの話題は、ささやかな冒険談のひとコマだ。この種の話題でもっともおもしろかったのは、小説家・鈴木輝一郎さんの『角の田圃までの冒険』だろうか。なんでも年末にトトロの着ぐるみパジャマでイヌの散歩をしたそうだ。パジャマには耳や尻尾がついていたという。
 ちなみに鈴木さんは冒険作家クラブに入会されたが、許可理由は「生き方自体が冒険だ」からだそうだ。


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