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Degustation gratuite ![19]
「月刊Online Today Japan」(ニフティ発行)1995年9月号掲載
江下雅之

 バカロレア、夏至の音楽祭、そして革命記念日は、パリの夏の風物詩といっていいだろう。
 バカロレアとは、大学入学資格試験のことだ。フランスでは大学ごとの選抜試験がない。この全国共通試験に合格すれば、好きな大学に登録できるのだ。
 合格率は七割程度だそうだ。大学を卒業していなくても、バカロレア合格者は日本でいう短大卒ぐらいの扱いを受けることもある。高校生にとっては一大イベントだ。
 試験終了当日は、あちこちで打ち上げの風景が見られる。カフェやレストランで、暗くなるまで大騒ぎをする。6月だから暗くなるのは11時ごろだ。
 レストランを出たあと、彼らは誰かのアパートに移動する。そこがにわかディスコになるのだ。去年はうちの上の階がそうだった。天井の軋む音がやんだのは、明け方5時ぐらいだった。
 パリは6月になると、夜8時でも日は高い。そして最も昼の長い日、夏至は、fete de la musique——夏の音楽祭だ。
 この日、フランス中のカフェやレストラン、ここそこの街角で、生バンドが無料のコンサートを開く。我が家の近辺だと、三軒先のブラッスリーが毎年バンドを招いている。その先の交差点にも、かならずロック・バンドが姿を見せていた。
 今年もおなじパターンだった。6月21日の夏至当日、窓の外からグレン・ミラーの曲が流れてきた。午後5時ごろ、まだ日は昼といってもいいくらいの高さだ。子供の散歩がてら覗きに行ってみると、ブラッスリーの前にカルテットが陣取っていた。
 午後10時、ようやく日が沈もうかという時間になって、街がいっそうにぎやかな音であふれるようになった。せっかくの音楽祭、夜食を件のブラッスリーで取ることにした。ビール付きのシュークリュートが61フラン。ビールがなまぬるかった。
 バンドはこのとき店の中に入っていた。ピアノを入れたクインテッドが、普段テーブルのあるところをステージにしていた。テラスの席がすべてそちら向きになっている。歩道には立ち見の人も多い。年輩の夫婦が楽しそうに何組か踊っている。
 ブラッスリーを出る。時間は午後11時半すぎ、まだ薄明がすこし残っていた。交差点の先から、車のクラクションを圧した歓声が聞こえてくる。去年のロック・バンドが、その先で盛り上がっているらしい。
 さっそく見物に行く。曲はぼくの世代にはひたすら懐かしい、パープルの「Smoke On The Water」だった。ほぼ四重の人垣がバンドを囲む。空き缶に石を入れて、リズムを取る者もいた。
 このグループは2時ぐらいまで演奏していた。最後は車道に乗り出して、通りを勝手に歩行者天国状態にしてしまった。
 fete de la musique が夏の前夜祭だとすれば、革命記念日はバカンス開始の合図だろう。7月14日、日本では「パリ祭」ともいうが、この日あたりから南仏に向かう高速道路が年中渋滞するようになる。
 もっとも、パリ市民全員がバカンス旅行を楽しむわけではない。遠出するのは市民の三分の一だという。なかには会社に内緒でアルバイトに励むひともいるそうだ。
 こういうことはもちろん雇用契約に違反するのだが、travail noir(黒い仕事)といって、それほど珍しいことでもない。とくにカフェやレストランのギャルソンとしてバイトに精を出す例がおおいようだ。
 最近、近くのカフェで仕事をするのだが、ギャルソンの顔ぶれが前と違う。オーダーを勘違いしたり、注文品を忘れるなど、素人っぽいミスが目立つようになった。ひょっとしたら、travail noir なのかな、と疑ってしまう。もっとも、それはそれで夏の風物詩でもあるわけだが。


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