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ネットワークの《物語》を読む(11)
「月刊ネットピア」(学習研究社/発行)1996年2月号掲載
江下雅之

書籍の再販価格制問題

その道のプロが集まる FBOOKC《業界サロン》

 95年11月に公正取引委員会の再販問題検討小委員会が、著作物の再販制を廃止する意向を表明した。マスコミを中心にしてその是非が論じられたが、ニフティ・サーブの《本と雑誌クリエイターズフォーラム:FBOOKC》の《業界サロン》でも、11月16日に日書連の再販廃止反対署名運動に関する話題が提示されてから、しばらくのあいだこの問題が話題の中心になった。
 《業界サロン》は編集者、書店経営者・書店員、著作者などが、出版業界に関するかなり突っ込んだ意見交換をする場である。出版ビジネス最前線にたずさわるひとたちの生の声を聞くことができるわけであり、出版業界で、いま、なにがホットな話題になっているかを知るうえで、貴重な情報源になっている。出版関係の企業に就職したいと考える学生は、ぜひともこの会議室を読んでみるといいだろう。「敵」のいろいろな手の内が見えるはずだ。
 再販価格制の問題にしても、単なる理念論ではなく、書店員の視点、出版社経営者の視点、著作者の視点など、さまざまな角度からながめた現実的な問題提起がなされた。

「再販価格制度」とはそもそもなにか?

 本誌連載でもおなじみのすがやみつるさんが、この会議室で「再販売価格(契約)維持制度」の意味をわかりやすく説明してくれていた。かいつまんでまとめると、「メーカーが小売り業者や卸し問屋などに『再販売価格』を維持できる制度」であり、再販売価格維持とは、「売れ残り商品を新品と同じ値段で売る」ことだ。
 モノの小売価格にはさまざまなコストが介在しており、そのひとつに在庫コストがある。商品が旬を過ぎてしまえば、在庫コストを考えると、価格を下げて売り払ったほうがトクという場合があるわけだ。棚卸し決算処分などはこういう事情でおこなわれる。また、輸送のコストもあるわけで、たとえば北海道で取れたものは、北海道でよりも東京のほうが高価格になるのが普通だろう。
 ところが、再販売価格維持制度下では、売れ残り品でも価格は下がらない。また、週刊誌は販売日こそ地域によって異なるものの、日本中どこで買ってもおなじ値段だ。そしてある本が書店に並んだら、その店の決算期が何期過ぎようとも、本の価格はおなじである。
 単純に考えれば、地域や仕入れ時期によって小売価格を変化させなければ、書店経営は破綻しそうである。ところが実際には「委託販売制度」がとられているおかげで、書店に在庫負担をまぬがれることができる。その意味で、書籍の再販価格制度は委託販売制度と対にして考える必要があるだろう。 「委託販売制度」によれば、書店は取次店を通して配本された出版物の陳列を委託された、という立場を取ることになる。極論すれば、出版社に対して棚を貸しているだけだ。売れ残った本は返品でき、書店は売れた分だけの代金を得ることになる。
 このようなシステムを取ることで、全国均一販売価格を維持でき、ひいては貴重な文化資源を地域に偏ることなく安定的に流通させられる——再販価格制度維持の主張はおおむねこういうものだ。

要するに誰がどうトクを/損をするのか?

 制度見直しは自由競争による効率化を求めたものであるが、そもそも日本の書籍流通は決して非効率的ではないとの主張以外に、書籍流通側からは次のような問題提起がなされている。
 1 消費者は安心して本を買えなくなる(価格が不安定になる)。
 2 雑誌などは地方によって価格が異なるようになる。
 3 少部数の良心的な出版社が淘汰される危険性がある。
 4 零細書店が淘汰され、結果的に利用者には不便になる。
 廃止賛成の意見はこの裏返しとでもいうもので、店頭バーゲンなどで本を安く買える余地が生じる、競争が進むことで、特色ある書店が増える可能性がある、注文書をより迅速に入手できるようになる可能性がある、というものだ。
 最後の部分は補足説明が必要かもしれない。現在の制度だと、出版社側は品切れの判断をなかなか下せない。自分の倉庫に在庫はなくても、書店から返品される可能性があるからだ。仮にある書店から注文が入っても、そう簡単には増刷できないわけだ。
 もしも再販制度および委託制度が廃止されれば、流通は家電製品などと同様に、各ステップごとに「売り切り」となる。売れ筋の本はより流通しやすくなるだろう。この点では、再販制に賛成する側も見直しを支持する側も、おおむね意見が一致しているようだ。

絡み合う要因が問題を複雑に

 ぼく自身も出版物の著作者であるが、この立場からは制度見直しには慎重な考えを持っている。ただしそれは是非というよりも、もし制度見直しとなればコスト配分の動きが当分は流動的になるわけで、「稼ぎ」のメドを立てにくくなる、という戸惑いだ。
 アメリカでは再販制度はすでに撤廃されているというが、図書館の数をはじめ、出版ビジネスを取り巻く環境がおおきく異なっているため、それを即日本に適用するのはいささか不適切だろう。
 再販制撤廃は大手出版社に有利で、少部数発行の専門書出版社は打撃を受けるという考えもある。しかし、会議室で発言した専門書出版社経営者は、再販制のメリット自体に疑問を投げかけていた。専門性の高い分野の出版物になると、取次を中心とした流通だけでなく、自らマーケットを開拓しなければならないから、というわけだ。
 再販価格制度は流通の問題と深くかかわっており、その流通の背景には、図書館などの社会インフラの問題もあれば、出版ジャンルや出版社の規模によって、既存流通に対するスタンスが異なるという事情がある。最近は電子メディアの影響もあるため、制度見直しにはさらにおおくの角度から是非を分析する必要がありそうだ。


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