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ネットワークの《物語》を読む(12)
「月刊ネットピア」(学習研究社/発行)1996年3月号掲載
江下雅之

漫画の原作はどう作るか?

漫画の原作とは……

「富永一朗氏のギャグ漫画を読むべし」
「寄席に行くべし」
 これは本誌連載でもおなじみのすがやみつるさんが、「明日のギャグのために」としてアドバイスした内容だ。ギャグ漫画のネタづくりでゆきづまったら、これを実践すべしということである。
 ギャグ漫画は漫画家自身がセリフや筋をつくっているし、基本的にそうせざるをえないところであろうが、最近のストーリー漫画では、作画家と原作者の分業化が目立つようになったように思われる。また、はっきりと原作者は明示されていなくても、実際は誰かに原作を依頼した漫画もけっこうあるそうだ。
 コミックフォーラム・創作館(FCOMICRE)というフォーラムに、「◆漫画と原作」という会議室がある。ここでは漫画の原作とはなにか、原作を書く勉強方法はなにか、というテーマを扱っている。すがやみつるさん以外にも、さまざまな現役漫画家、原作者、シナリオライターがアドバイスをおこなっている。
 漫画の原作と小説やシナリオの違いはなにか?
 小説は読者が読むもの、シナリオは役者なり演出家が読むもの、そして漫画の原作は作画家が読むものだ。シナリオの場合、すくなくともセリフ部分は観客に伝わるわけだから、最終的に読者の目にまったくふれないのは、漫画の原作だけということになる。その目的は、あくまでも作画家に漫画のイメージをつくりだすことだ。
 すがやさんの説明によれば、原作の形式はケース・バイ・ケースだということだ。小説形式のものもあれば、シナリオ風のもの、あるいはネームにまでするものなどである。要は組む作画家あるいは編集者次第だ。
 小説形式で有名なのは8マン(桑田二郎・画)や幻魔大戦(石ノ森章太郎・画)などの原作を手がけた平井和正氏だろう。実際に幻魔大戦は後に小説として発表されてベストセラーになったし、SFマガジンに連載されていた新幻魔大戦などは、漫画にしては異例の説明文の多さであった。

原作づくりに重要なことは

 すがやさんは、『プロの原作者を目指すのなら、「原作の書き方、形式」といったものよりも、まず、アイデア、ネタのストックをいかに多く持つか、ということのほうが重要』と指摘する。最近の漫画市場の実情を考えると、大河ドラマ的なストーリー中心の内容よりも、読者の気をひく「情報」を盛り込んだネタを安定的に供給できる、読み切り連載に強くなる必要があるからだ。
 また、「プロ」ということでいえば、どんな状態でも雑誌などへの提供を続けることの重要さが強調されている。「プロになること」よりも「プロであり続けること」の難しさに言及したものであるが、おなじことはパソコン通信で小説道場を主宰する小説家・水城雄氏もしばしば訴えている。プロであり続けるためには、漫画の原作者も小説家も、つねにアイデアをためてなければいけないということだ。
 そのためにも、漫画とか小説の枠にのみとらわれるのではなく、それ以外の趣味を持つことが重要だ。実際、すがやさんはマイコンや自動車レースなど幅広い趣味をお持ちだし、水城さんにも元ジャズマンという経歴やヨットレースへの出場経験がある。むろん、ストーリーづくりの約束事や文章表現技術の基礎、漫画の常識などを知る必要はあるだろうが、こうした基礎体力以外の部分がプロであり続けるためには不可欠というわけだ。
 ちなみに、漫画の原作をつくる方法を教える学校は、まだきわめて少ないのが実情だ。小説講座やシナリオライター養成学校などはそれなりの数はあるが、漫画原作に関しては、漫画市場という出版界のビッグビジネスを背景としている割に、あまり見かけることがない。「◆漫画と原作」会議室に掲載されていた発言によれば、故・梶原一騎が原作作法を多人数に教える場や媒体がないことを嘆いていたという。なお、小池一夫氏は劇画村塾を主宰しており、牛次郎氏は「実践!劇画原作」を発刊した。

アイデアとリアリティ

 技法の点で、漫画原作づくりは小説と共通する点がかなりある。しかし、具体的な絵として読者に提示する漫画と、行間を読者の想像にゆだねる小説とは、決定的に異なる性質がある。すがやさんは『漫画ならではの跳んだアイデア』と表現する。小説ならいろいろと描写しなければならないところを、漫画なら「そうだ!」のひとことで描くことができる。漫画の場合は小説で数行かかる描写を、ひとつのアイデアとしてコマに凝縮できるのだ。
 そのために、文章で表現すれば鼻白むような情景が、漫画では「跳んだアイデア」として許容されることがおおくなる。すがやさんは「包丁人味平」(牛二郎・原作、ビッグ錠・画)の「骨だけになったタイが水槽の中を泳ぐシーン」と、「俺の空・刑事編」(本宮ひろ志・作)の富豪の刑事の例をあげている。たしかに小説でいきなりタイの骨が泳ぐという場面が書かれても、単に読者がとまどうだけかもしれない。
 なお、FCOMICRE「◆漫画と原作」会議室には、さまざまな原作(そのうちのかなりのものが、実際に漫画化されているもの)が多数掲示されているので、原作の実物をご覧になりたいかたは、ぜひ訪れてみてほしい。


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